男の道

悠久ノ風 第27話

27話 男の道


草薙悠弥と災厄の魔獣の
戦いが終わった。

粉々に砕けた風の洞窟。
激闘の後が生々しく残っている。

「……あんた、は……」

魔物に襲われていた中年の男が草薙を見上げる。

「大丈夫か?」

洞窟に残ったのは草薙。
そして一組の男女だった。

「あっ……あぁ……大丈夫、だ」

返り血を浴びた草薙の姿に怯えながらも、中年男は答えた。

草薙が助けたのは中年の男だった。

「あっ……」
草薙を見ている女がいた。
傍らの男の連れの女だ。
少し年が離れているように思える

「ありがとう、助かったよ」
「あ、ありがとうございました」

中年の男は草薙に礼をいった。
隣の女も頭を下げる。

「あぁ……」

草薙は応えるように軽く手をあげる。

「あ、あんたはいったい……」

恐る恐る中年の男は問うた。

「只の日本人だ」

草薙は答えた。

「お、おう」

中年の男は戸惑った。
災厄の魔獣を倒した草薙悠弥。
その戦闘能力は尋常ではない。

そして草薙は倒した魔物に視線をうつす。

「災厄の魔獣か……あんなのがここにいるとはな」

圧倒的な力、度外れた膂力。そして残虐性と狡猾さ。
中年男とその恋人を狙った。結果として、草薙が庇ったが
それでも草薙は大きなダメージを受けた。

「あいつの他にも本当はもっといやがっだ。ずっと逃げてた。
だけど、急に結界が強化されて……いきなり何体か倒れやがったんだ……」

男は震えていた。
生きているのが奇跡だよ、と男は漏らす。

「ありえねぇよ。ここは抜け道のはずなのにあんなものがいるなんて……これじゃまるで……」

男はうなだれた。そして恐る恐る口を開いた。

「俺達を完全に……皆殺しするために……待ち伏せしてたみたいだ……あの
結界強化がなければとっくに殺されていただろうさ」

男は震えていた。傍らの女も同意を示していた。

「誰かが結界を強化した……それも異常なくらいにな……あれがなかったらとっくに死んでただろうさ……」

「……そうか」

「虚神様の加護ってやつかね……ははっありえねぇけどな」

自嘲するように中年男はいった。

男は事情の説明をはじめる。
草薙は男の説明を聞いた。

男はこの風の洞窟で凶暴な魔物から逃げていた。
男の傍らにいるのは男の恋人。
彼等は風の洞窟にいた。
そして風の洞窟は風守の秘密の抜け道でもあった。

通常ではあらわれる事がない
異常な魔物。

ガルディゲンの魔獣だ。

魔物は数体いたが、急激に結界が強化され魔物の何体かが倒れたらしい。
だが魔獣は別だった。
甚大なダメージを負いながらも、魔獣は潰えなかった。
男は魔獣から逃げたものの、遂に魔物に追いつかれたと。

(結界は正常に発動していたか)

その事実を確認できた事は草薙にとって一つの収穫だった。

結界の効果はかなりの広範囲をカバーしている。

だが近くにいた魔物は

「守護結界は強化された、風守の人間として間違いないという認識でいいか?」

だとすれば――

「……あんた……俺達の事を知ってるのか?」

「見当位はな。あんた達は結界の事をちゃんと理解していた。風守の者だろう?」

「っ……あぁ……間違いねぇ。あれは守護結界だよ」

「……そうか」

草薙は内心安堵した。

かなり無茶なやり方で結界強化を強行したため、本当に発動したか心配していた所もあったのだ。

(カイリのいう通り、助けにはなったって事か)

「……おっちゃんはなんでこんな所に?」

「そ、そいつはぁ……」

男はいい淀んだ。

中年の男の顔に映ったのは苦悩だった。
男はきまずそうに目をそらした。

「…………げて、きたんだ」

だが男は震える声を絞り出した。

「…………」

「逃げてきたんだ、俺達はっ」

男の叫びが風の洞窟に木霊した。

逃げてきたその言葉に隣にいた男の恋人も顔を背けた。

「はじまるんだ……いや、もうはじまっている……」

男の声は震えている。
感情に宿るのは焦燥だった。

「ガルディゲンの……総攻撃がな……」

その言葉を発した男の顔には色濃い恐怖が浮かんでいた。

「……この風守を……ガルディゲンは滅ぼすつもりだ……リュシオンも……」

中年の男は動悸まじりに続ける。

「――因縁がありすぎるんだ、風守は!!」

男は激情のまま叫んだ。

「このままじゃ死ぬ、みんな!みんなだ!!」

男の悲痛な叫びには恐怖があった。
そして――

「風守の人間は皆殺しにされる!」

叫びが反響する。

「ガルディゲンか!?リュシオンか!?どちらだっていい!!どっちにだって勝てやしないんだからな!!」

男はまくしたてる。

手にはじっとり汗を掻いている。
浮かぶのは、恐怖と後ろめたさ
戦うという事は死者が出るという事だ。
ましてや彼らが戦う相手は人ではない。

魔大国ガルディゲンの魔族、魔物。

その恐ろしさを風守の人間である彼は絶望するほど知っていたのだ。

「俺一人だけだったらまだいいさ……でも……彼女は……死なせたくねぇんだ」

男は傍らの恋人を見た。

「だってそうだろう!?
虚神なんて信じても……俺達を助けてくれないだろう!!」

中年の男は言った。

「……何が……何が虚神っ!日本を守る神だ!!」

それは弾劾するような叫びだった。

「……そうだな……」

草薙は静かに応えた。

沈黙が支配する。
しかし……

「あなた……」
女が男を心配そうにみる。
「俺は……俺は……」
男の顔には深い苦悩があった。
「……」
草薙はこの顔を知っていた。
この顔を浮かべる感情を知っていた。

「俺は……本当は……」
後悔と後ろめたさだ。

(ああ、そうか……)
草薙は理解した。男の心情を

逃げた自分を正当化したいがしきれない、そういった苦悩だ。

草薙はゆっくり口を開いた

「……逃げたっていいさ」

「えっ」

「気に病む必要はない。
まずい事をしたからといってずっと罪悪感を抱えていては、人生損だ」

「わ、わかった様な事をっ……」

「……気にしてるんだろ、風守の事を」

草薙は優しく続けた。

「……」

中年の男は不思議な心地だった。
災厄の魔獣を打ち倒した、只の日本人を名乗る男。

「あんたは……」

この男の語る視点は広い。
それはただ広大という意味ではない。

「あんたは……変わってるな」

風のように不定形でありながら、涼風のような爽気があった。

「真面目だからな、日本人は」

「あ、あんたなんで……」

男は少し驚いた。
先ほどの魔獣を倒し草薙と同じとは思えないほど
優しい雰囲気があった。

ここで逃げた事を男は一生気に病むだろうと男は覚悟していた。
草薙悠弥の言葉、それは正義を声高に叫ぶ善なる者ではなかった。

だが草薙の言葉は男の心を風の様に軽くした。

「一つの小さな悪行で今までの善行が覆される社会は閉塞感を生む。
日本の幸には繋がらん」

まぁ、と前置き草薙はいった。

「その分、気が向いた時にでも……誰かを幸せにすりゃいいさ」

「変わってるなあんた……いい奴なのか悪い奴なのかわからねぇ」

「風のように自由だからな」

草薙は男と、その隣にいる恋人に目をやった。

女は丁寧に草薙に頭をさげた。

「ありがとうございました……あなたがいなければこの人は……私達は死んでいました……本当に……本当にありがとうございました」

男の恋人は深々と頭を下げた。

「礼ならあなたの旦那に言うといい。
この男は何よりもあなたを選んだんだ……達者でな」

男の傍らには女。
女の傍らには男。

「俺たちは……逃げる……」

男は傍らの女の手を握る

「あんたは何で戦うんだ……戦えるんだ」

魔獣を倒した草薙はどう考えても尋常ではない。
だが草薙が絶対でない事も理解していた。

「あんたの戦い方は……危うい。まるで特攻さ。このままじゃ……危ない……
あんたが強いのはわかるさ。だが……危うい。
それほど……ガルディゲンとリュシオンは――桁外れなんだ」

「そうだな、危ないな」

淡々と肯定する草薙。
それをみて男は胸がざわつき問い詰めた。

「栄誉が欲しいのか? それとも名誉が欲しいのか? だが風守にはもうそんなものはない……」

男は継ぐ。

「なぜ……戦えるんだ?」

震えながら男は草薙を見た。

「別に戦うのが格好いいというわけじゃないさ
……どちらかというと馬鹿野郎のやる事だ」

淡々と草薙はいった。

「だったら、あんたはなんで命を賭けられる?」

「俺がそうしたいからだ」

風が吹いた。

「……蒼生守護ってな」

草薙は虚心に続ける。

「あんたは……」

草薙の言葉は風守の言葉だった。
――虚神の言葉、その言葉が草薙から出てきた事に
男は息をのんだ。

「まぁ……」

淡々と、

「嫌いじゃないんでな、日本が」

草薙はそう言った。
特に気負わない、風のような軽さがあった。

草薙は一組の男女を見た。
二人は寄り添い手を握っている。
それを見て、

「どこかの誰かよりも大切な者をとる、か」

草薙は呟いた。
自分でも言葉にでたのが少し……意外だった。

「……あぁっ」
草薙の言葉に、応えるように男は恋人の手をぎゅっと握った。
恋人も男の手を握った。

「――それもまた良し」

草薙は只それだけ言った。
その言葉に風守の男ははっと目をあげた。

「あんた……」

風守にいた男は知っていた。

――国敵討滅、草薙の戦いの時の言葉
――それもまた良し、草薙が日本人である自分にかける言葉。
それは風守が奉じる神の言葉だった。

「あんたの言葉……虚神……様の」

草薙は黙って男に松明を手渡した。

「行け。俺が通ってたきた道は今は魔物が少ない。だいたい倒してきた。
今なら問題なく行けるはずだ」

草薙は続けた。

「二人で……逃げろ」

「はっはいっ!」
「……ありがとうございます」

「……っ!」
「……」

男は深く詫び入るように深々と草薙に頭を下げた。

女は草薙をみた後、ぎゅっと決意したように男の手を強くにぎった。

そして二人手を繋ぎ、離れていく。
二人で寄り添い生きていくようにその背が遠くなっていく。

草薙は黙ってその背を見ていた。
そして振り向き風の洞窟の先に進む。

二人が手を繋ぎ逃避行に向かう。

「……」

草薙は戦いの道へ一人歩きはじめた。