45話

悠久ノ風 第45話

45話 



そして―――地獄が始まった。

魔の箴言と共に発せられる極大の圧力。

肉体を押し潰すようなプレッシャーが風守を襲った。

「うぅっ!」

女達の肉体を押し潰すようなプレッシャー。
恐るべき力の余波が、風守の者達に叩き付けられる。

「なんて……力……」

ケグネス。
サジン・オールギス。
風守を襲った者達。
凶悪な力を持った外敵だった。
だが――

「違う……」

力の桁が違う
力の質が違う

そして――

「AAAAAAAAAHHHHHH」

響く呪いの大音声と共に衝撃波が襲い来る。

「きゃあああぁっ」

衝撃に吹き飛ぶ風守の女達。
天に絶望が渦巻いていた。

「あれは……」

理解する。
天から迸る魔神の力の奔流から恐るべき絶望がくると。

「……くる」

風守の女達の体が震える。

地獄が――くる。

「きゃああぁっ!?」

悲鳴があがる。

風守神社。ここは最後の――地獄を迎える。

天の獄から落ちてきたのは――魔軍。
殺戮の魔軍が来襲したのだ。

「ああぁっ!!?」

痛みと衝撃に喘ぐ風守の守護者達
猛スピードで飛来する禍の群れ。
くノ一達が展開した理法結界を突き破る。

「きゃああぁーーーー」

自分達が展開した結界が破られた衝撃にくノ一達は吹き飛び悶える。

「け、結界が……」
「破っ……られた」

喘ぐ、風守のくノ一達。
只の結界ではない。

展開した結界は、風守の女達と深く繋がっていた

深く繋がる事で強固に展開していた強固な結界も、ガルディゲンの強襲の前には灯籠に等しい
飛来した禍の力は並のものではない。
桁違いの圧力と絶望がはい上がってくるのを感じた

「うっ……」

恐怖に目を見開く風守の守護者達

破られた結界、剥き出しになった魔空に「孔」が空いていた。

「あれは……」

総身にはしる悪寒。
不快な異音をたて、天の獄中から魔物がはいよる。

ズチャズチャと腐肉をすりつぶすような怪音は聞いているだけで神経が腐蝕されるかのようだった。

天の獄中から次々と禍々しきそれが落ちてくる。

「っ……」

陰に生きるくノ一達をしてそれは恐怖を覚えざるをえないものだった。
押さえつけていた恐怖心が生皮を引き剥がされるかのように剥き出しになってくる。

あらわれたのは恐るべき異形の魔物達。

死肉に沸く蛆の如く何匹も何匹も何匹もソレはあらわれる。

逸脱した存在の数々。
生命の規範から逸脱したのが理法生物だ。
だがこの魔物は違う。
毒々しい紫と赤黒い血が混じったような紅が混じった体表。
決して解けることのない怨嗟の腐臭を放っている。
絶望をまき散らすためだけに造られた存在だった。

「GAAAAAAAAA」

「死に絶えろ死に絶えろ死に絶えろ」
「絶望を捧げよ。絶望を捧げよ絶望を捧げよ」

絶望を称揚する万魔軍。その威容は

「うっ」

「くっ」

「そんな」

「あれは……」

葉月が
アゲハが
タマノが
風守のくノ一達が
風守の巫女達が

風守の女達が息を飲む。

魂までをも恐怖させる魔の大群を前に風守の者に
死を上回る恐怖を感じた。

 

「か、構えて! みんな!?」

くノ一の一人が声をあげる。練達の軍人でも対峙するだけで心が砕かれ
発狂するほどの鬼気だ。

それを前に彼女達は抗戦すべく陣形を展開した。

「陣形を整えて!?結界を持ち直せればきっと――」

そこでくノ一の言葉が途切れる。
だから……と続けようとしたが声が出ない。

声の代わりに響いたのはジュプりと肉が抉れる音だった。

「ぁえ゛?」

一瞬なにがおこったか信じられない。

「かっ……」

声を続けたいのに、腹部からせりあがる痛みが生臭い液が声をださせてくれない。

見下ろすと……
「あ゛……」
深々と胸に突き刺さる舌のようなものがくノ一の体を犯す様に蠢いていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーー」
どくどくと底から毒のようなものが流し込まれる。
醜悪な魔物の体液が
体に流し込まれる何かにビクビクと体が激しく脈打つ。
そして……

「ああぁぁぁぁっ!?」

肉体が変色していく
死なせてすらもらえない
別のナニカになっていく
沸き上がる恐怖と絶望

変色した触手が波打つたびに貫かれた
体が触手の一部のようにビクンビクンと震える。

既に抵抗する意志はないが貪り喰うようにくノ一の体を抉っていく。

「GA,HAHAHAHAHAHAHA」」

犯して墜として蹂躙する。
蹂躙の悦びに歓喜するように魔軍が震え進撃を開始する。

「あっ……」

風守の女達に恐怖がはしった。
守るべき者のために殉じるという事さえ許さぬ
生きたまま絶望を吐き出され続け、魔の贄とされ続ける

「お、落ち着いて!?」

気丈に見えるがその奥には怯えが含有されている。

「私たちは風守のくの一よ」
うわづりながらも叱咤の声が飛ぶ。必死に自分自身にも言い聞かせるように

「HUYUYUHYUHYU」

どす黒い怨嗟という怨嗟を地獄の窯につめこみ腐汁を煮詰めたかのような
凶念と、生命全てを憎むような底冷えする視線。

並の人間なら対峙しただけでも心が砕かれ発狂してしまうほどの恐怖だった

「!? っやああぁぁぁ!」

決死の様相で一人の下忍が挑みかかる。
理力を帯びた苦無を必死に振り下ろす。

――ズチュ

不快な肉の手ごたえ。
ダメージを与えたはずなのにまるで自分の心が損傷を受けたような錯覚に
おちいった。

「追撃を、みんな!」

後ろの仲間に援護を頼む
殺到する後方の下忍達。

「早く、みんなぁ!」

斬りかかったくの一が半狂乱になって叫ぶ。

「私たちがここを守るんだか――!?っふぐぅ!?…!」

ズンという重い衝撃が胸の中心に走る。

胸を貫かれていた。ぐちゅぐちゅと異音をたて魔の凶手が下忍の中にかきいれられていく。

「ふぐぁっ…あ゛…ぅあぁぁ…」

女は涙を流し首をふる。

生命のともしびが消えかかり意識が薄れゆく。

だが貫かれている痛みは鮮明だった。

「っあ゛!?あっ!? ゛…っあぁっ!!」

ズンズンと果断なく、くノ一の奥へと入る魔手。
魂を灼く激痛がはしる

「ん゛んっ……!」

ズンっと一際大きな音を立て魔物のりゅうりゅうとした魔手が完全に体を貫通した。

最後に手が背中を貫き、びくりと激しくくの一が痙攣する。

貫かれた肉体へ流し込まれる異物の感触を最後にかくりとうなだれる

「うっ」

絶句しながら仲間の惨たらしいさまを一部始終を見せられたくの一達
ビクンビクンと体を痙攣させ、なおも犯すように肉体に魔気を流され浸蝕されていく

並の人間ならとうに発狂して逃げ出す事もできないだろう。

だが……

「ひっ、退けない! これ以上進ませないわ!!」

彼女達は決死の覚悟で抗戦の意思を示す。

「GAAAAAA」
「AAAAHAHAHAHA」

増殖する絶望
天から次から次へと襲来する「禍」

放たれる凶気は尋常でなく常人なら恐怖だけで死ぬ域に達している
それほどこのグロテスクな怪物の力と負の神威は常軌を逸していた。

必死の想いで、抗戦を決意する風守の女達。

「はぁっ!」
「くらいなさいっ!」

風守の女達から理法が紡ぎだされる

必死の思いで理力を注ぎ込み渾身の理法が発動。

幾重にも重ねられた退魔の気弾が下忍達から放たれた

逆境の恐怖と興奮が反映されたかのように、轟々たる力をもって魔物に接近していく。

そして――

着弾し、破砕音が響く。力の余波は空気を震わせた。

「やったかッ!?」

絶望に犯されかけていた顔にわずかな希望をにじませる。

巻き上がる粉塵の向こうを見据える
直撃の確信、たしかな手ごたえ。
しかし――

「っ!?あぐぅ……」

瞬刹、くノ一達の肉体が苦痛に折れ曲がった。

粉塵の向こうから突き出た魔手。
魔界の理そのもののように、凄まじい速度で伸び、彼女達の肉体を穿ち侵食していた。

「ぐぅっ!?…ぅあっ!?」

ズブズブと肉を抉るな音をたて更に奥へと魔手は侵入する。

下忍が更なる苦悶に体をびくつかせる

「あっ…あっ……」

穿たれた肉を穿ち、くの一の体内に毒のような何かを流し込んでいる。

「くっ、おのれぇぇーーー」

他の下忍くノ一が仲間を救うべく、突進する。

「「一気にイクわよ!」」

「「虚陰の陣」」

彼女達が持つ武器はリーチが短い分高い理力伝導率を誇る。
そして纏う法装は身軽なだけでなく、高い理力吸収率を誇る。

危険域に進化した超級の禍。
銃弾を弾き、爆弾に耐えぬく兵器を超越した類の魔物

退魔の理を纏った彼女達くノ一の攻撃は魔物達に通じていた。
手にした短刀に渾身の理力を注ぎ込み下忍達が一撃を振り下ろす。
ぐちゅりと、禍を切り裂く音。
数で勝負するが如く、くノ一達が禍に殺到する一糸乱れぬ連係攻撃

「GAAAAAAA」

「なっ」
ダメージが届いているにもかかわらず、相手の魔物の勢いは衰えを見せない。

「うっ!」

その焦りの間隙に、くノ一の腰がドロッとしたもの掴まれるた

「!!」

重装備の兵をあっさりと倒す速度を持つ禍であれ、法装をまとい
高速で移動する彼女達に速度で相対する気はないらしい。
掴んで仕留めるという獣のような狩猟の方法は
彼女達を狩るには覿面の効果を発揮していた。

「は、離して」

ジタバタと足を藻掻かせるが、禍の怪力を止めるには到底至らない。

それでもくノ一は、禍にダメージを与えるべくクナイを振り上げた。

腐肉に刺さり血しぶきが飛び散る
だがマガは構わずくノ一の体を折った

「あぐぅ……」

ぐしゃりと骨が歪む音。
くノ一の肢体が大きく折れ曲がる。
「!?おッ、おごっ……ぁ」

秘所から液が垂れ流れ落ちる。

「くああぁっ」
彼女達が展開した理法は悉くが弾かれる。

一人、また一人と倒れていく。

彼女達、神理者は資源でもあった。それは非人道的な意味でもある。貧困国では臓器を得るために人が人を刈る事が常態化している。同じように彼女達神理者も刈られる。それは無論非合法であるが先進国でも珍しくない事例だ。その理由は神理者の血や心臓の希少価値が非常に高い事にあった。
だが……

「あ……」

女の口が血で詰まった。
助けてと口に出したかったがそれすらも口に出せない。
(いえ……)

元より助けを呼びようもないのだ。
ここに希望らしきものはどこにも無い。

「うっ……うぁ……」

禍のあまりの悪逆に彼女達は心から恐怖した。
尊厳という概念それ自体が存在しない。大陸のモノと日本人との感性とは何もかもが異なる。言語を絶する凄惨なやり口を前に、
彼女達の理性は崩壊しかけていた。

真性の「魔」の所行が風守を襲う。

「なっ!?」

絶望絶望また絶望。

魔物の恐るべき数を知覚する。

驚嘆すべきはその物量。

南、北、東、西。

四方向から恐るべき数の魔物が攻めてきている。

(なに、これ……)

――駄目。

膨大な数の魔物が南北東西

本能的に知覚する。
その物量は到底、彼女達風守の戦力で抑えきれるものではない。

現状の魔物でも既に絶望的なのだ。
この上、それを上回る数の魔物が攻め込んできている。
希望の一切が入り混む余地なき絶望だ。

絶滅魔軍が押し寄せる。