無道の宣

悠久ノ風 第29話

29話 無道の宣

――法神殿の扉が開かれた。

「……久しぶりだな」

そこは神域だった。
風の洞窟から転移してきた場所。

風守の秘奥、神域の空間。

(理法結界……この強度のを展開しているとはな)

視界が一転する。
清冽な空気、それは風守の枢要だった。

厳かでありながら、風が通り抜けるような爽気。
厳粛さと柔らかさ、その矛盾した要素がだまし絵のように両立している。

それはこの風守が奉じる神の性質を表しているかのようだった。
外にも神域はあり同様の雰囲気はあるが、ここはその気配が非常に濃い。

封印に近い場所。
つまりここが……

「風守神社……法神殿……」

草薙の蒼の神域を見回した。
大戦によって失われたとされた創世神器。

元との戦いで使われた――伝説の剣。
大戦で久世零生が奮う――神罪の剣。

創世神器が収められている神域だ。
創世神器が収められている場所は法神殿の最奥にある。
法神殿の内部には清冽な理力波濤が溢れていた

この法神殿は世界法則を書き換える
ほどの膨大な理力が渦巻いている。

理法結界が充溢しているこの空間は一つの界。
つまり外部の影響から断絶されている。

通信の類は難しい。
理法による意思伝達を飛ばす事も基本的に不可能。

一つの「界」が構築されているのだ。
体を撫でるように湧き出る理力波動。

この道を使った事で目的のモノへは目と鼻の先だ。

(だけど……)

だからといってそれは無交戦を意味していない。

「――止まりなさい」

刺すような警告が響いた。
草薙はゆっくりと歩みを止める。

法神殿の間、その奥から法装を纏った女達が表れた。

「ここは神の器が眠る場所。如何なる者も通すわけにはいきません」

涼やかな声の中に艶然とした響きがある。

女達は最奥の間へと続く道を警護していた。
この創世神器を守るために。
侵入者を排撃するために、配者された者達。
それは――

「――虚衆か……」

「っ!?」

それは草薙が昼に接した風守の守護者、くノ一達。
今は風守くノ一の法装に身を包んでいる。
艶やかながら、動きやすさと、理力の効率性を重視した法装を
纏った女達だった。

風守の理法使い達を集めた戦闘組織。
昔は隆盛を誇っていたが、大戦後に大きく力を失っている。

それ以降も弾圧と虐殺を繰り返され、その結果純粋な戦闘組織としての
力は大きく失われ諜報と退魔を司る側面のみが残っている。

しかしそれが彼女達が無力である事とイコールではない。

法兵隊長と渡り合った源三ほどではないが、戦闘員としての力を有している事は
草薙は知っている。

――助けた相手だからだ。
――共に戦った相手だからだ

「あっあなたはっ!?」

草薙の姿を認めた、風守の守護者――くノ一達が目を見開いた。

この法神殿を守っていたのは、草薙が助けた風守の下忍くノ一達だった。
草薙を見て愕然とする女達。
草薙が見覚えのある顔が何人もいた。

艶の中に潜む陰の気配は陰働きの者が纏う空気のそれだった。
風守神社、その陰で動く、くノ一。

巫女とくノ一を使い分ける彼女達の在り方は、歩き巫女という言葉が近いかも知れない。
最も歩き巫女という言葉が市政に普及した時代よりも、この風守のくノ一と巫女の
歴史はかなりさかのぼる。

そう、草薙悠弥は知っている。
彼女達は風守の下忍くノ一達だ。

昼に草薙を歓待した柔らかな印象ではなく、
鋭く張り詰めたものが感じられた。

それはこの法神殿の奥にあるものの彼女達にとって
いかに重要かを物語っていた。

「草薙様、あなたがなぜここに」

問いかける風守のくノ一達。

彼女達が草薙に対して安堵の表情を浮かべた。

彼女達は昼間草薙に助けられてから草薙と接していたのだ。
草薙は北条と武宮と話をしている。
夕方以降、草薙は彼女達と離れていた。

風守の守護者達は何人かくノ一達を草薙に付けていたが、それも草薙は
少し特殊な形でふりきっている。
つまり彼女達は草薙のマークをロストしたのだ。

「ずっと探していたのですよ」

故にここで草薙と再会したのは彼女達にとって彼女達にとって
一つの僥倖だった。

「草薙っ!草薙なのかっ!」

一人の少女が前に進み出た。

「ここにいたのか、草薙」

葉月だった。
葉月は緊張と安堵がいりまじった表情を浮かべる。

「草薙お兄ちゃん、来てくれたのでござるか」

そして彼女もいた――早綾だ。

「ずっと探していたんでござるよっ!」

早綾がてらいのない声で草薙を迎えた。
少女の明るい声に触発されるように近くにいた法装を纏った少女も口を開いた。

「アゲハめも探しておりました。草薙様、なぜここへ」

ここにいたアゲハも同様だった。

彼女達は草薙を見て警戒を解き安堵の表情を浮かべはじめていた。

彼女達は危機を草薙に助けられている。

早綾、葉月、アゲハ達下忍くノ一達。
昼間、草薙悠弥によって助けられた者達。

絶望的な状況の中、リュシオンのグロバシオという強大な
存在を打ち倒し彼女達を助けてくれた草薙悠弥。

草薙がどれだけの力と意志を有しているかは彼女達は理解している。

あの時、草薙の存在は天の助けだった。

その時――

「うっ――」

ドクンっと、彼女達の躯に衝撃がはしった。
(これは……共鳴……いえ……)
(感応……)

法神殿が震え、守護者達の体が熱を帯びた。

「これは……」

まるで創世神器を収めた、この法神殿が草薙

(草薙様からは……何かを感じる)

虚神を奉じる彼女達は、草薙悠弥という存在に強い感応を覚えていた。

その感応は本能的な迫真力を持って彼女達の躯に訴えてきた。

ここにいる者達は草薙に助けられている。
特に葉月や早綾、などあのガルディゲンの魔族「ケグネス」と戦った
者達にとって感情は顕著だった。
ガルディゲンのケグネス、真性の魔性を滅ぼした――"漆黒"。

(あの漆黒の正体は……)

――彼ではないのかと、くノ一達は考えていたのだ。

そのために彼女達は泉などで草薙に按検、調査、籠絡しようともしたが、
決定的な情報を得るには至らなかった。
(草薙様は……多くのものをもたらした)

だが……リュシオンのグロバシオとの戦い、そして草薙と
交わった一部の、くノ一の力の増加。

この風守にとって恩寵をもたらす要素が多すぎたのだ。
気づきは疑問に疑問は疑惑は一つの考えに至りつつあった。

(草薙様は……もしかして……)

――自分達が奉じる神の在り方そのものではないかと。

「草薙お兄ちゃん、助けにきてくれたんでござるかっ」

早綾は心底安堵したような声を出した。
早綾の声に触発されたのか、くノ一達はわずかではあるが警戒をとく。

「あなたの風は、私め達を助けてくれました」

草薙悠弥。
彼の在り方によって彼女達は助けられた。

草薙悠弥という男は人を助けるのだ。
それが歴史という裏付けを証明するかの如く強固なものだった。
――神ノ風。

――危機の時
――助けを求める時

危機に駆けつけ、助けてくれる。

それが彼女達が信じる虚神の――神ノ風の在り方。

神ノ風とは危機の者を――日本を助ける風。

リュシオンのグロバシオが襲ってきた時、バルモワ、シグー、テグムゾ。
そしてサジン・オールギス。
彼等の暴性は尋常ではなかった。

だが草薙悠弥はその暴力から、彼女達を助けてくれた。
暴虐にさらされる日本人を助ける――神ノ風のように

(草薙様……)。
彼女達は草薙に風を感じていた。

リュシオン、グロバシオとの戦いの時にも感じた事。
そしてガルディゲンの魔族を倒した――"漆黒"にも。

古来、日本がゲンという外敵の危機にさらされた時。
絶体絶命の危機から日本を救った神ノ風。

嵐のような草薙悠弥という男は、その神ノ風の在り方を想起させた。
虚神の創世神器。

「きて……くれたのですか?」

風守の守護者は草薙に問うた。
草薙はこの風守を破壊しようとした、リュシオンのグロバシオから助けた存在である。
乳揉みなど問題行動もあるとはいえ、魔に犯され何度も殺されそうになった過酷な現実を生きる彼女達にとってそれらの事は問題ですらなかった
大事なのは――生きる事。そして命を助けてくれた事という生物として
ごく当たり前の本質だった。

「草薙様、あなたは……私め達を助けてくれました……」

体が熱い。草薙悠弥から何かを
だが彼女達の表情には歓待の色があった。

彼女達、風守の人間は切迫した状況にある。

昼間の湖でのふるまいも、草薙悠弥という人間を引き入れたいからという
理由も多分にあった。

だがここは法神殿である。
神器を守る彼女達は警戒を以て草薙は見た。

「……」

「ッ」

草薙は黙ったままだった。
昼間の風のように軽く自由な雰囲気も。

(熱い……体が……)

この法神殿で、草薙と対峙していると躯が熱くなるのを
感じた。

そして、

「草薙様は……なぜここに……」

決心したようにくノ一達は問うた。

「…………」

沈黙が支配する。静寂。そして――

「――創生神器」

草薙の言葉が神域に響いた。

「っ」

「虚神――あの神罪人が遺したものに用がある」

「なっ」

驚きの声が彼女達の唇から漏れる。

「どういう、事ですか」

「……あれを奪いにきた」

彼女達の胸に黒い何かが広がる。
それでは、

「あの法兵達と同じ……ではないですか」

それは――絶望の影だった。

くノ一達は陣形をとり、草薙を囲んでいた。
彼を明確な敵として認識している。

草薙は不動のまま。
しかし草薙が発する気配は変わらなかった。

場に緊張が流れる。

「昼間、私達を助けたのは……」

女達の声は震えている。
認めたくない事実を叩きつけられたように。

「あいつらに奪われると厄介だからな。ここにあった方が楽だ」

「では……あなたの目的は、蒼生神器を奪う事なのですか」

「違う」

断言する。

「えっ」

不吉な予感にくノ一達の動きが止まる。

「――破壊する」

「なっ!?」

草薙の言葉にくノ一達は戦慄した。

「世の界を司る、あの神器を――」

淡々とした草薙の答えが静かに響く。

「なっ!?」

くノ一達に走る戦慄。
想像の遙か上を行く最悪の答えに絶句する。

「――創世神器を破壊する」