北条

悠久ノ風 第21話

21話 北条


「貴様も、戦闘準備はしてきたようだな」

「別に、戦闘準備なんてしていない」
そう、これは戦闘準備ではない。

風の中、草薙は淡々と言う。

「――戦争準備だ」

――戦争準備。
草薙悠弥の言葉に神域が静まりかえった

草薙と武宮が対峙。
剣呑な殺気が膨れあがる。
瞬間――

「双方、それまで!!」

瞬間、峭厳な大音声が響きわたった。
その声に草薙と武宮の動きが止まった。

「北条時継の名において命ずる! 今すぐこの戦いをやめい!!」

現れたのは一人の男。
貴顕な威風を纏いし堂々とした男だった。

その姿は諸人を平伏させる威容を有し、その声は万人を従わせる響きを持っていた。

有無をいわせぬ迫力と堂々とした立ち振る舞いからは貴種の品格が滲んでいる。
若い神のような神性な威厳と人の上に立つべくして生まれた風格が備わっているのだ。

「草薙悠弥、武宮京士郎!ヌシらは日本の為に戦う防人であろう!
双方戦いを『試金石』としているのは理解できるが、ヌシらのやり方は激しすぎるであろう!!!」

北条時継の大喝が響く。
どんな精強な人間も屈服し頭をたれるであろう威厳に満ちていた。

「!!」

事実草薙と武宮は動きを止めた。

『双方、それまで』その北条の大喝に何かを感じたように
北条でなかったら、この二人は止められなかったように
草薙と武宮は北条を見た。
そして、風守の人間もまた、北条に強い反応を示した。

「ほ、北条」
「時継さん!」

北条の登場に驚いたのは葉月やアゲハや風守の守護者だった。
風守とは只ならぬ関係にある北条家。
歴史の大家を継ぐ男の登場ににわかに風守の人間達もざわつきはじめる

「タマノさん……あの人は」
「あぁエリミナはんは詳しくは知らなかったどすなぁ……」
エリミナは北条時継を詳しく知らない。
しかし、只者でない事はエリミナにもわかった。

「北条時継……北条家の跡継ぎ候補の一人どすぇ。
お偉いさん、なんてレベルじゃないどすなぁ」

北条。その名は日本の歴史においても重要な役割を持つ。

かつて鎌倉幕府をまとめた北条家。
元軍の侵攻から日本を守った鎌倉幕府の長。

「執世。文字通り殿上人どすえ」

かつて北条と風守は近い関係にあった。
今は――違う。
それでも、北条時継の来訪は風守にとって特別な意味があったのだ。

「草薙悠弥、武宮京士郎!!」

北条時継が再度二人に呼びかける。
時継の迫力は誰しもが抗い難い重圧があった、のだが
「お断りします!!」

「だが断る」

同時に全力でお断りするキ○ガイ二人であった。
「うぇっ!」

北条の大喝にも動じない二人の様子に風守の守護者達は変な声が出てしまった。
堂々と断った草薙と武宮の度胸に驚いたのだ。
もはや不敬などというレベルではない。

「うむ!!」

そしてその全力のお断りにも北条は全力で頷いた。
北条は眼鏡をぐいっと押し上げた。

「武宮、正宗を使うとは何事だ!!。草薙でなかったら死んでいるぞ」

「それは残念だ。草薙が斬れないとはな。慚愧に耐えん」
「ヌシという男は…」

「武士道大原理が一つ。日本ノ道徳ヲ乱ス者コレヲ斬るべし」

「うむ、ならば良し!!時継許しちゃう!!」

「全然よくないけどな!!」

北条の豪快すぎるものいいに草薙が遺憾の意を示す。

「まぁ、それもまた良し」
「いいのか!?」
葉月ちゃんが驚く。

「カカカカカ、ヌシの鷹揚さが全国民にあればよいのじゃがな。心労が減るじゃろうて」
「それはそれで大変だろう。適当な奴も神経質な奴もいるから回るものも回る」

「ふむ、ヌシのいう通りじゃな。ワシはヌシを大事な友と思っておる。政的な意味でな!カカカカ!!」

北条は呵々大笑する。

「相変わらず豪快な野郎だ。まかそれもまた良し」

草薙も呵々大笑する。

だが――

「なぁ北条?」

空気が変わった。まるで風が向きを変えるように、柔らかくなった空気が反転する。

「……志公方はどこまで知っている?」
「……わしにもあの人の考えは読めん。ただ志向方老は織り込みずみではあろうな」
「リュシオンここまでさせてるってのか?」
「――大きな戦いが迫りしこの状況で、リュシオンが日本の面子を考えるはずがない……草薙、北条貴様らも知っているだろう」
武宮の刃の様な一言が草薙と北条の会話を寸断する。

「……政治問題となる事はねぇだろう……まだリュシオンは表向きガルディゲンよりは
理性的だ……今回の風守襲撃が表沙汰になると困るのは奴らだろう。
それに……時期それどころではなくなる」

「そうじゃな……それにしても草薙、派手にやったものじゃな」

北条が草薙とグロバシオが戦った神域を見回した。
戦場の跡。そこに残る理力の残滓。
リュシオンとの激しい神理戦が行われた事を北条時継は理解していた。
(またこの男は戦ったか……日本人を守るために……命をかけて)
命のやり取りである死闘であった事は時継には理解できる。
その上でここに立つ草薙悠弥に時継は敬意を表しつつも、危うさを感じていた。

「……ここだけじゃない。奥の神域もガルディゲンの魔族に襲われている!!」
「……」

ガルディゲン、その言葉に北条時継は端正な鼻梁をゆがめた。
沈黙の後、時継は静かに口を開いた。

「……ガルディゲンはまだ戦争を始めておらん……まだ大量破壊兵器の投入はない」
「表向きはな。政府も安全をうたってるさ。直ちに影響はないってな!」

草薙の眼光が鋭さを帯びた。鋭い眼光の先にはリュシオン、そしてガルディゲンに荒らされた日本を守りし風守りし神域があった。

草薙は叩きつけるように両手を広げる。

「現実はこれだ!ガルディゲンの魔族やリュシオンの神族にとって条約や国際法なんて意味はない!!他にも襲われた所があった!それも意味もなくだ、政府は何をしている」

草薙の言葉には叩きつける様な怒りがあった。

「草薙……」
本質を突かれた、という自覚が北条にあった。
同時にこうも思っていた。
(なんと底知れない怒りよ)
草薙悠弥もまた、追い詰められている、見た目よりもずっと。
北条時継の慧眼は草薙悠弥の消耗を感じ取っていた。
万全ではない決して――草薙悠弥もまた。だがその上でも
日本のために怒り吠える、草薙悠弥の在り方に底知れないものを、北条は感じ取っていた

「上辺だけの建前と、花畑の様な理想論に耽溺して現実を殺すのがこの日本の悪風だ。
政治家は国民を守る事ではなく!
礼式や作法に拘り、日本人が大陸の国敵に蹂躙された歴史をお前が知っているはずだ」

「……ッ!?」

時継は草薙の言葉に反駁できない。武宮も沈黙し鋭い眼で二人を見る。
草薙悠弥の指摘が真実という事を武宮も時継も理解していた。
草薙に宿るのは怒り。
草薙の言葉は日本に属していながらも日本国民を守る事ができない政治家への弾劾だった。そして北条家である時継にとって苦い歴史の事実であった。
(そうじゃな……故にこの男は……)
時継の思う。
礼式も作法にも拘らず国敵を討つ草薙悠弥の在り方を。

「――そして今、国敵に苦しめられている日本人がいる」
草薙が時継を見る目は激しい怒りの色を帯びていた。
それを見た時継が重々しく溜息をっつく。

「ヌシの指摘は正しい。日本国民を守りきる事ができていない、政府の至らなさは痛感している、心からな」
だが時継は信念を込めた瞳で草薙を見返した。

「だが公の戦力が諸人から期待されておるのも事実じゃ。司法、立法、行政。
そして、政府神理者による防衛戦力。
公の力が崩れればこの日本もまた……崩壊する!!」

「じゃあ言ってみろ! 現有戦力でガルディゲンから日本人を守れるか!?できはしないさ!十三帝将はいない。リュシオンにも、ガルディゲンにも対抗できはなしない!!」
葉月達は草薙達の会話から不穏な空気を感じ取った。

草薙の言葉真実だといううが、葉月達風守の現場にいる人間に実感として理解してしまった。

刺すような雰囲気が草薙悠弥と北条時継の会話からは漂っている。
草薙悠弥と武宮京士郎の二人は拳と刃を交わし合った物理的な衝突だった。
草薙悠弥と北条時継の二人は言葉と言葉、言論の刃を交わし合っている。
性質は違えど、草薙と武宮の闘争にも匹敵する剣呑さが、草薙と
北条のやり取りにはあった。

「だがこれだけはいっておこう草薙。例え政府が諦めようと、この北条は諦めん。
絶望的な戦力差があろうとこの北条時継は全霊をもってあたる。
数百年前とは政治体制が異なろうとも、日本を守りし北条の役目は変わらんのだ!!」

「……あぁ。それは……よくわかってるさ」
草薙悠弥は北条家というものを知っている。
彼我の国力に絶望的な差があろうと、万事を尽くす。
それが北条だ。そして目の前の北条時継はその北条家の役目を正しく受け継いでいる。
それこそが北条時継という男の真理だからだ。

「わしはヌシに助けてもらった……その恩を返せぬのは悪いと思っておる」
「そんな事を気にしなくていい。もし気にするなら、その分、日本国を守る『北条』の
本分を全うすればそれでいい。時継、お前が『北条』の理を遵守し、日本を守ろうとしているのは今までの事でよくわかってる」

「万事を尽くし天命に祈る。先祖様と一緒だ。風への祈りじゃ……なぁ草薙、ヌシの
祈りはなんじゃ」

北条は見据え草薙に聞いた。
「国敵討滅、それもまた良し」
「……」
草薙の答えに、北条は沈黙した。静謐の後北条は口を開く。

「……草薙悠弥……ヌシの在り方は異質じゃ。
わしは「公」の最前じゃ。
ヌシは「個」の極致じゃ。
「公に殉じ国のために尽くす王はいるだろう
公に殉じ国の命令で尽くす民もいるじゃう。
たくさんおるし……知っておる。
だがヌシは特異じゃ。誰よりも、風のように草薙悠弥という人間は自由じゃ。
それでありながら……誰よりもこの日本のために戦うっておる。
個人主義者でありながら公の守護者。
歪じゃ実に。特異点のように」

「――この世界における日本のようにか?」

草薙が北条に問うた。

「……ヌシはなぜそうあれる。
再度問おうヌシは……草薙悠弥という男は……んじゃ」
北条は草薙に問うた。そして草薙もまた――

「――只の日本人だ」
草薙の答えはいつも通り。
北条はその答えに一瞬呆気にとられた後
顔を下に降ろした。

「くっくく………」
北条は俯くような姿勢で肩をゆらす。
そして――
「カカカカカ!!そうじゃそうじゃそうじゃのぅ!!
只の日本人じゃ。ヌシはそうでなくてはなぁ」
破顔一笑。
愉快そうに北条時継は笑った。

だが――北条は重々しく告げた。

「……日本は勝てん」
ガルディゲンにもリュシオンにも勝てん」

「……日本人を守りきれないと、そういうのか日本の政府が」

「……万事は尽くした。
だがそれでも……勝てぬ」

時継の透徹した眼差しはひがの戦力差の現実を見ていた。

「皆がどこか諦めておる。この国を」

時継の言葉は深い響きがあった。
そして意を決したように告げる。
「だからこそ、この国の者は求めておる
国敵を討滅し、国難を払う――」

北条は希望を託すように、草薙を見据えた。

「――神ノ風を」